スーダン(ヌビアの遺跡)
訪れた遺跡の殆どは世界遺産

 この旅は首都ハルツームからエジプトとの国境の町ワディ・ハルファまでナイル川沿いの砂漠地帯1600Km余の旅。人間用3台・キッチンカー・荷物用トラックの計5台のコンボイ体勢
気温は40度超・車のボンネットはすぐ目玉焼きが出来る熱さで触ると火傷する。走行場所選びが上手く柔らかい砂地に埋まることは少なかった。沈没は他の車で引っ張り上げで簡単解決。
風呂は無し、たまにナイル河の茶色の水で汗を流した。入れたのは11日目・エジプトに入国してからであった。
遺跡はエジプトの影響が大きく、建物は柱・梁構造であった。目指すアーチ構造はほとんど無かった。
 

我等観光キャラバン隊・今宵のキャンプ

旅はナイルの合流点ハルツームからエジプト国境ワディハルファまで。ナセル湖をアスワンまで船で 

夕日のナイル・第3カタラクト(急流)にて
 
400万年前の巨木の化石(珪化木)・かつて此処には深い森が有ったことが知れる。
 スーダン共和国通称スーダンは、北アフリカに位置する国家である。首都はハルツームである。
 スーダンのナイル川流域北部はヌビアと呼ばれ、北に栄えた古代エジプトの影響を強く受けた地域である。もともとエジプトとヌビアは同一の祖先から別れた国であった。
 ヌビア (Nubia) は、エジプト南部アスワンあたりからスーダンにかけての地方。
紀元前2200年頃に、南部から移動してきた黒人の集団がこの地域にクシュ王国と呼ばれるはじめての王国を建国した。この王国は中王国時代のエジプトの影響を受けながら勢力を拡大していった。
古代エジプト王朝は、勢力が強まるとヌビアを侵攻支配し、国力が衰退すると撤退することを繰り返した。逆にヌビアは一時エジプト王朝を倒し、ヌビア人の王朝(エジプト第25王朝)を建国したこともある。
 
 
 
 
左;古代からの習慣、成人男子または部族のあかし
  
ヌビアのイケメン
 
市場にて・後ろの緑地はナイル河畔
  
右はパン屋さん
 
中央は雄の睾丸
雌は子どもを生む為の体を造る、従って雄のほうが美味い。最後まで証を残し売る。
    
これも売り物。

石切り場