マサダの遺跡

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マサダの遺跡(古戦場)  絵葉書の複写
向こうは「死海」・白いのは浮き出た塩の結晶
 
マサダの遺跡
  紀元70年、ローマ帝国はユダヤ人への最後の戦いエルサレムを攻撃した。4ヶ月後の9月エルサレムは陥落、ユダヤ戦争は終わり、ユダヤ人の2000年にわたる離散の歴史が始まった。
しかし、イスラエルのベン・ヤイル将軍率いる967人が、暑く焼け焦げたこの岩山に立てこもり、1万人のローマ軍を相手に2年間、女子供7人を残し全員玉砕した。
灼熱・超乾燥の気候だけでも想像を絶するがここで戦い抜いた人達がいた。この史実はイスラエル人にとって独立と滅亡しないという精神の中核を創り上げている。
男女全員徴兵義務の軍の入隊に「マサダは2度と陥落させない」と宣言し、入隊の誓を立てる。
 
唯一つ残ったユダヤ教修道院のアーチ
 
遺跡
「マサダ」はアラム語の要塞を意味する。ここは200年ほど前から要塞として造られ、以降整備されていた。
わずかな雨を残らず集め貯める4万トンの地下貯水池・豊富な食料を備蓄する巨大な倉庫・住居は酷暑を
さけるため、外気を遮断するカプセル型となっていたと考えられている。これらの施設の上部にアーチが多く
用いられていた想像するが、高さ1〜2m以上の設備は消滅している。
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